“もう十年以上前、彼が日本にいた頃、ある席で若い日本人カトリック教徒が非常に謙虚な態度で「私は六日間ただ忙しく働いており、七日目に教会に来てはじめて信徒であると自覚するような信仰の浅いものですから、こういう席で何かを発言する資格があるとは思いませんが…」と言ったので、彼は思わず大声で「今の言葉は主に対する裏切りの言葉」と言ってしまったそうです。ところが言われた本人も周囲の日本人も、この神父の発言にむしろ怒りを感じたらしく、「彼が自分の状態を主の前に謙虚に告白しているのがなぜ裏切りですか」と抗議されたので、また思わず「これ以上、傲慢な言葉はない」と言ってしまったそうです。
やがて彼は故国に戻った(戻された?)のですが、おそらく日本の信徒たちに、日本で伝道をする資格なしと認定されたことも一因だったのでしょう。彼がつい大声を出したのは、もちろん、一見、外交辞令に過ぎないこの日本人カトリック教徒の言葉が、実は、非常に明白な「言葉への拒否」であることを知ったからです。
申すまでもなく、カトリックは、「神の言葉を受けた肉」を信徒と考えるわけで(逆に言えば、その言葉が肉を纏っているのが信徒)、その言葉は普遍(カトリック)の真理であるから、纏う肉体が白であれ黒であれ、すべて普遍的(カトリックな)信徒である、という立場をとるわけですから、前述の日本人カトリック教徒の言葉は、この教義への恐るべき挑戦と受け取られ、カトリック教徒といいながらこう言う挑戦をすることは裏切りであり、同時にこれに勝る傲慢はない、といったわけです。だが、誰一人この神父の言葉を理解しなかったわけです。
無理もありません。前述の日本人カトリック教徒がいった言葉は、「私の『空体語=分銅』はカトリックの言葉ですが、平成は、私(人間=支点)がグッと実体語の方によっているので、『空体語=カトリックの教義=分銅』は非常に小さく、あるかなしかの状態でバランスをとっております。しかし日曜日には私(人間=支点)がグッとカトリックの教義(空体語=分銅)の方へ寄るので、その際だけ分銅の方を大きくしてバランスをとっている人間です。こういう状態では『純粋』でありませんから、発言の資格はないと思いますが…」という意味であって、彼はあくまでも言葉を分銅として天秤皿に受け、視点を移動させるのが当然のことと考えていたのです。
一方神父は、カトリック教徒という以上、その言葉を纏った肉なのだから、職場にいようと教会にいようとカトリック教徒であって、それ以外のものでありうるはずがなく、以上のような言葉が出てくること自体、裏切りとしか言いようがなかったわけです。しかし、前述のような言葉を口にする日本人は、非常に立派な日本教徒であることはどの日本人も異論がないことなので、周囲の日本人は怒りを感じたわけです。
以上で空体語とは何かが、おわかりいただけたと思います。「神は空名であるが、名があるからその『理』がある、したがってその『応』もないと言ってはならない」は、そのまま『空体語』の定義になります。同時にこれは、日本教の教義の第三条にもなります。
日本人が宗教的に寛容だというのは誤りです。確かに分銅の刻印はあまり問題にしません。しかし、この第三条を認めないもの(それは天秤を認めないものですが)は、徹底的に排除してしまいます。
しかもその時は、『非日本教徒』として排除されるのでなく、『非人間的』として、すなわち人間でないものとして排除されるのです。
”
日本人の「人間として」「人として」といったモノの見方が、ある一つの宗教のモノの見方でしかなく、人として「純粋であること」などもごく特殊な宗教的価値判断だと言ったとき、日本人にはそれが伝わるか。
“料金は非常に高額で、庶民に手の出せるものではなかった。平賀源内が陰間茶屋や男色案内書とでもいうべく『江戸男色細見-菊の園-」、『男色評判記-男色品定-』を出しており、それによれば一刻(2時間)で1分(4分の1両)、一日買い切りで3両、外に連れ出すときは1両3分~2両がかかった。ちなみに江戸中期における1両は現在の5~10万円相当とされる。”
“しかしその後も役者による売色業は廃れることがなく、女性役をつとめる役者・女形はかえってより実際の女性に近い存在になっていった。そして女形にとって、男性に抱かれることは必須の役者修行のひとつと考えられるようになっていった。こうして修行中の女形は結局陰間を兼ねることになり、陰子(かげご)・色子(いろご)などと呼ばれた。舞台に立つようになっても舞台子(ぶたいご)と呼ばれ、芝居の幕が引かれた後の贔屓客の酒の席に招かれて、その色香が衰えるまで盛んに色を売った。”
(Source: femburton)
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(Source: cannabinomad)