無職、何回もやってるし計何年もやってるけど、そこからわかったのは、いつか終わる無職、それを恐れて日々を暮らす無職は本物の無職じゃないってこと。俺は一切の不安のない、完全無欠の無職を目指すために今仕事している。

cockbarf:

so i just sat down to eat my ‘im really drunk meal’ at 4am and sat next to this guy drawing and asked if i could check out his work and this is what he had just finished working on

年取って来て少し変わったな、と思うのは、起きた時、時折、夢と現実がごっちゃになってて、かなり強い確信を持って、夢の世界が続いてるように感じることが増えたこと。

起き抜け以外にも、あれは夢なのか現実だったのか、って感じることが多くなって来た気がする。記憶の基礎みたいなところに、疑問を感じることもある。自分が夢想したことなのでは、みたいに。

不意に不思議な想念、思い込みにとらわれ、強く確信して、でも、よく考えるとそれは夢から来ていた、みたいなことも時折ある。

もしかして認知症とかの前兆かしらね。ま、正直認知症への恐怖は俺はないんだが、ただ、嫁が年上なので、彼女に大変な思いさせないですめばいいなと思う。

自分は年を経るにつれ、「自分」とか「私」とかから解放される道を歩いてる気がするし、最近はできるだけ無意識に任せるようにしてて、それが加速してる。もちろん、記憶の澱にそれはあるし、生物としての私もあり続けるけども。

このことはとても幸せなことだと思ってる。恐怖や不安の源泉は、「私」とか「自分」なるものだから。けど、まあ、そう簡単にこの道の端まで行けるわけではなさそうだが。

集団って、純粋に集団のことを考える人たちでなければ所属できないって方向に舵を切った瞬間からカルト化するでしょ。ブラックホールみたいに重力に押しつぶされる瞬間。その自己愛への誘惑みたいなものに抗って、外への力を保ち続けないとならない。んだけど日本人はそれがとても下手なんじゃないか。

在日が死滅しそうな時代に、在日への負の幻想が爆発してきているの、ちょっとおもしろい現象だって思っているところある。怖いとも感じるけど。

在日ってのは日本に居ながらにして日本に同化しない異物なので、これは一般的な集団の力学から見ても、一番嫌われるポジションだと思う。集団のコアに向かっていくか、しっかり離れるかが一番楽で、その境界線上にいるやつが、引っ張る力、押し出す力のどちらにも強くさらされるのと似ている。